借金等のマイナス財産がある場合の相続方法
相続財産に、借金や未払金、保証債務などが含まれている場合の選択肢としては、①単純承認、②相続放棄、③限定承認の3つの方法が考えられます。相続放棄と限定承認は、原則として、自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内に家庭裁判所へ申述の申立を行わなければなりません。
単純承認
被相続人の権利(プラスの財産)だけでなく、その義務(マイナス財産)もそのまますべて無条件で受け継ぐことをいい、下記の場合には単純承認をしたものとみなされます。
- 自分が相続人になったことを知った日から3ヶ月以内に相続放棄も限定承認もしなかった場合
- 相続人が遺産を処分した場合
- 相続人が遺産を隠したり、勝手に使ったり、財産目録にわざと載せなかったりした場合
相続財産の処分とは?
相続人が相続財産の一部でも処分したときは、単純承認したものとみなされ、以後、相続放棄や限定承認をすることができなくなります。単純承認とみなされる処分行為には、売買や譲渡などの法律行為だけでなく、家屋の取り壊しなどの毀損・破棄といった事実行為も含まれます。もっとも、相続人が行った処分行為のすべてが単純承認とみなされるわけではなく、それが保存行為(※1)や短期賃貸借(土地であれば5年、建物であれば2年以内の期間の賃貸借契約)に当たる場合は単純承認とはみなされません。
※1保存行為 相続財産の価値を現状維持する行為のことで、遺産による相殺や返済期限が到来した債務の弁済、腐食しやすいものなどを処分行為は、財産全体の価値を維持するために行ったものであれば、相続財産の処分にはあたらないと解されています。
では、どのような処分行為が単純承認とみなされるのでしょうか。
判例によると財産処分による単純承認が認められるためには相続人が自己の為に相続の開始した事実を知り、または少なくとも相続人が被相続人の死亡した事実を確実に予想しながらあえて処分したことを要すると解されています。ここから、相続人が自己の為に相続が開始した事実を知らずに処分行為を行った場合には、単純承認とはみなされないことになります。 以下、具体例を挙げて検討します。
①相続財産から葬儀費用を支出した場合
相続人が、相続財産から葬儀費用を支出した場合、かかる行為は相続財産の処分として単純承認とみなされるのでしょうか。
被相続人の葬儀費用は、被相続人が支払うべきものではなく、葬儀を執り行った相続人にこそ支払い義務が認められるものなので、相続債務には含まれず、保存行為にはなりえません。しかしながら、葬儀は人生最後の儀式として執り行われ、社会的儀式として必要性が高いものであり、被相続人に相続財産があるときは、それをもって被相続人の葬儀費用に充当しても社会的見地から不当なものとはいえず、また相続財産があるにもかかわらず、これを使用することが許されず、相続人らに資力がないため被相続人の葬儀を執り行うことができないとすれば、むしろ非常識な結果と言わざるを得ないとして、単純承認を擬制する相続財産の処分にはあたらないと解されています。 ただし、香典や弔慰金がある場合には、まずこれらを葬儀費用に充当すべきであり、相続財産から葬儀費用を支出する場合であっても、その額は身分相応の当然営むべき程度に抑えるべきです。これを超過した場合は単純承認とみなされる場合もありますので、注意が必要です。もっと言えば、「身分相応の当然営むべき程度」とされる基準が曖昧であるがゆえ、後日債権者から法定単純承認を主張されないようにするためにも、可能な限り相続財産から葬儀費用を支出することは避けた方が無難と言えます。
②死亡保険金から被相続人の債務を弁済した場合
相続人が受領した死亡保険金によって被相続人の相続債務の一部を弁済した行為が相続財産の処分にあたるかについて判例は、まず被保険者が死亡した場合、死亡保険金を法定相続人に支払う旨の条項がある保険契約に基づいて支払われた保険金は、被相続人の死亡と同時に相続人固有の財産となり、相続財産からは切り離されると判断した上で、相続人がした相続債務の一部弁済行為は、相続人自らの固有の財産である死亡保険金をもってしたものであるから、これが相続財産の一部を処分したことにあたらないことは明白であると判示しています。したがって、法定相続人を受取人とする死亡保険金をもって相続債務の一部を弁済する行為は、法定単純承認とみなされる相続財産の処分にはあたらないといえます。
下図は、判例を基に、相続財産の処分にあたるかいなかの一応の基準を示したものです。 個々のケースにより事情が異なりますので、下図で相続財産の処分に当たらないとされている行為であっても事案によっては処分行為とみなされ、相続放棄ができなくなる可能性も否定できませんので、迷われたら専門家のアドバイスを仰いでください。
相続放棄
被相続人の財産のすべてを放棄し、マイナスの財産だけでなくプラスの財産をも含む一切の財産を相続しない方法をいい、相続放棄をするとその相続人は初めから相続人でなかったことになります。
相続放棄をすると初めから相続人ではなくなる。
相続放棄とは、相続人が一応生じた相続の効果を確定的に拒絶し、初めから相続人でなかった効果を生じさせるものです。 相続放棄は、相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から、原則として3ヶ月以内にしなければなりません。この期間を熟慮期間といいます。熟慮期間を徒過したときは、限定承認と相続放棄という選択権は奪われ、単純承認したものとみなされます。また、相続人が相続財産の一部でも処分したときも単純承認したものとみなされるため、注意が必要です。
相続放棄をする人がいると相続順位はどうなる?
法定相続人には第1順位(子)、第2順位(親)、第3順位(兄弟姉妹)という優先順位があります。 子の一人が相続放棄をした場合、その者を省いた第1順位の相続人と配偶者で遺産分割協議をすることになります。他に子がいない場合は、次順位の親に相続権が移り、それもいない場合は兄弟姉妹に移ります。被相続人に多額の借金があることを理由に相続放棄をする場合には、他の相続人が知らない間に多額の負債を押し付けられていた、ということがないよう、必ず次順位の相続人に連絡するようにしましょう。
死後3ヶ月経ってからの相続放棄の可否
相続人が相続放棄ないしは限定承認をする場合、「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3ヶ月以内に家庭裁判所に申述しなければなりません。ここに言う「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは通常相続人が被相続人の死亡の事実及びそれにより自己が相続人となったことを知った時を指し、原則、被相続人の死亡時がこれにあたるとされています。
しかし、熟慮期間経過後に負債が発覚した場合にまで、かかる原則を貫くことは、被相続人に財産も負債も全くないと信じてこれを放置していた相続人に酷な場合もあります。そこで、判例は、例外的に「相続人が被相続人に相続財産が全くないと信じ、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、相続人において相続財産が全くないと信ずるについて相当な理由が認められるときは、相続人が財産の全部もしくは一部の財産の存在を認識した時または通常これを認識し得るべき時から起算するのが相当である」としています。したがって、死後3ヶ月が経過した後であっても、相続人が被相続人の負債につきこれを知らなかったことに相当な理由があると認められる場合には、熟慮期間は、負債を知ったときから起算できる余地がありますので、ただちに家庭裁判所へ相続放棄の申述を行うようにしてください。
3ヶ月経過後の相続放棄の効力
相続放棄の申述が受理されたからといって、それは「一応の公証を意味するにとどまるもので、その前提要件である相続の放棄が有効か無効かの権利関係を終局的に確定するものではない」(最高裁昭和29年12月24日判決)ことから、債権者は訴訟上、相続放棄の効力を争うことができ、実際、相続放棄の申述が受理されたが、その後、訴訟となり、裁判の結果、相続放棄の効力が否定された判例が存在するのも事実です。
そのため相続財産の調査を慎重かつ迅速に行うべきであり、相続開始から3ヶ月経過後に債権者から負債に関する通知が届いた場合は、断じてこれを放置すべきではなく、速やかに専門家に相談するようにしてください。なお、相続財産の調査に時間を要する場合には、家庭裁判所へ申し出ることによって、熟慮期間を延長してもらうことも可能です。
相続を放棄する際の留意点
①借金などのマイナス財産を引き継がないかわりに、預貯金や不動産などのプラス財産も一切承継することができなくなります。
相続放棄後にマイナス財産よりプラス財産が上回っていることが判明しても、一旦なした相続放棄を撤回することは原則出来ません。そのため、相続放棄をするかどうかを決める際には、相続財産を正確に把握することが重要です。
②相続放棄後であっても、相続財産を処分すると、単純承認したものとみなされるため、後に債権者から訴えを提起された場合は、債務を引き継がなければならなくなる危険性があります。
相続放棄が受理されたからといって安易に遺品を処分せずに、専門家のアドバイスを仰いでください。
③相続放棄をすると、次順位の相続人に、権利義務の一切が移転します。
相続財産が債務超過の場合には、債務を引き継がないためにも相続人全員が相続放棄をする必要があります。
④相続放棄をしても、被相続人の保証人となっていた場合には、支払い義務から逃れることはできません。
支払が困難な場合は、自己破産などの債務整理が必要となります。
⑤被相続人が生前、消費者金融やクレジット会社から継続的かつ長期間にわたり借り入れをしていた場合には、過払い金が発生している可能性があります。
利息制限法に定められた利率を超える利率で支払を続け、法定利率で引き直し計算をすると実質的には債務が完済しているにもかかわらず支払った金銭は過払い金として返還請求をすることができ、最終取引から10年が経過していなければ、相続人から過払金の返還を請求することができます。ただし相続放棄をすれば、この請求も行うことは出来ませんので、相続放棄前に確認が必要です。
18歳未満の方(未成年者)の相続放棄
未成年者が法律行為をするには、法定代理人(通常は親権者)の同意が必要ですが、相続において被相続人の配偶者と子は共に利害が対立する関係にあります。
そのため親権者が、先行して又は同時に相続放棄をする場合を除き、未成年の子を代理して相続放棄をすることは利益相反行為として許されず、子のために特別代理人を選任するよう家庭裁判所へ申立なければなりません。
限定承認
相続人が相続によって得た財産の範囲内で被相続人の債務を弁済することを条件として相続する方法のことで、限定承認を行うと、相続財産の範囲で相続債務を弁済すれば足り、不足した場合であっても相続人の固有の財産から支払う義務はありません。
相続放棄との違い
- 相続放棄は各相続人が単独で行うことができるのに対し、限定承認は相続人全員で申述を行わなければなりません。
- 限定承認では、相続人が複数いる場合、家庭裁判所は職権で相続人の中から相続財産管理人を選任しなければなりませんので、申述に際しては相続財産管理人となるべきものを決めて上申する必要があります。
- 限定承認では、相続人はあらかじめ相続財産を調査し、財産目録を作成してこれを申述に際して添付しなければなりません。
- 限定承認は、家庭裁判所へ申立をするだけで手続きが終わるというものではなく、清算手続き(債権者への公告や不動産の競売など)を行う必要があるため、相続放棄に比して手間と時間がかかります。
限定承認と税金
限定承認を選択する場合には、税金についても考慮しなければなりません。具体的には譲渡所得税のことで、相続財産のうち、不動産や株式などの資産については相続開始時に、その時における価額に相当する金額により、これら資産の譲渡があったものとみなして譲渡所得税が課せられます。これをみなし譲渡所得課税といい、現実に売却していなくても納税する必要があるため、注意が必要です(準確定申告も必要)。もっとも、この譲渡所得税は本来、被相続人にかかるものなので、相続財産の限度で支払えば足り、相続人固有の財産から納付する義務はありません。
限定承認をすれば借金を負担することなく、自宅不動産を手放さなくてすむって本当?
相続による借金を負担せずに自宅不動産を確保するには、相続人全員で限定承認を行い、先買権を行使する方法があります。先買権とは、限定承認を行った相続人に認められる権利で、家庭裁判所が選任した鑑定人による評価額を支払うことにより当該不動産を取得できるというも家庭裁判所に鑑定人の選任申立を行う必要があり、その鑑定人の費用(30万円程度)及び鑑定人の評価額を、先買権を行使する相続人の固有の財産から支払わなければなりません。また、当該不動産に抵当権等が設定されている場合には、先買権を行使しても、当然に抵当権に基づく競売を止めることは出来ず、別途抵当権者との合意が必要となります。