「企業価値担保権」はじまりました
2026年5月25日、「事業性融資の推進等に関する法律」が施行され、「企業価値担保権」という新しい担保制度がスタートしました。
まだ実際の利用事例はほとんど見られない段階ですが、今後の融資実務に大きな影響を与える可能性がある制度です。司法書士として、できるだけ分かりやすくお伝えしたいと思います。
■ そもそも「担保」とは?
銀行などからお金を借りるとき、「万が一返せなくなったら、代わりにこれを差し出します」というのが担保です。住宅ローンなら土地・建物が担保になりますし、事業融資なら工場の機械や在庫品を担保に入れることもあります。
ところが、これまでの担保制度には一つ大きな課題がありました。それは、目に見える財産(不動産や動産)を持たない会社は、担保を提供しにくいということです。
たとえばIT企業やコンサルティング会社のように、価値の源泉が「人材」「ノウハウ」「顧客との信頼関係」にある会社は、担保に出せるモノが少なく、結果として経営者個人の保証(いわゆる経営者保証)に頼らざるを得ないケースが多くありました。
■ 企業価値担保権の考え方
企業価値担保権は、この問題を解決するために作られた制度です。
ポイントは、個別の財産ではなく、「会社の事業全体」をまるごと担保にするという発想です。
具体的には、会社が持つすべての財産――不動産や設備といった有形資産はもちろん、ノウハウ、ブランド力、顧客基盤、そして将来生み出されるキャッシュフローまで含めた「企業価値」そのものを担保として提供します。
つまり、「今モノを持っているか」ではなく、「この会社の事業にどれだけの価値があるか」で融資の判断ができるようになるわけです。
■ どんな会社に向いているのか
この制度は、特に以下のような会社にとってメリットが大きいと考えられています。
・スタートアップ企業:有形資産は少ないが、技術力や成長可能性がある
・事業承継を検討中の会社:経営者保証から脱却し、次世代への引継ぎをスムーズにしたい
・IT・サービス業など無形資産が中心の会社:不動産担保に頼れない業種
■ 手続きの仕組み――「信託」と「登記」がカギ
企業価値担保権の設定には、少し独特な仕組みがあります。
まず、担保権を直接金融機関が持つのではなく、「企業価値担保権信託会社」という専門の会社(内閣総理大臣の免許制)に担保を信託する形をとります。
手続きの流れを簡単にまとめると、次のようになります。
(1)信託契約の締結:借り手(委託者)と信託会社(受託者)の間で契約を結び、融資をする金融機関が「受益者(担保権者)」となります。
(2)登記の申請:会社の本店所在地を管轄する法務局に登記を申請します。
(3)登記簿への記録:新設された専用の「企業価値担保権登記簿」に記録されます。
ここが司法書士として特に注目しているところですが、この登記は不動産登記ではなく、企業価値担保権専用の登記簿に対して行われます。目に見える特定のモノではなく、「事業全体という無形の価値」を公示するための新しい登記の枠組みがスタートしたといえるのではないでしょうか。
■ 実行(返済できなくなったとき)はどうなる?
万が一、借り手が返済できなくなった場合、金融機関(担保権者)が裁判所に対して担保権の実行を申し立てます。
申し立てを受けると、裁判所が事業の経営などを担う「管財人」を選任し、事業の価値を維持しながら手続きが進められます。
既存の破産手続きとは異なり、事業を壊さずに価値を保全することが重視されている点が特徴的です。事業譲渡などの方法で事業を継続させつつ、債権者への配当を行うことが想定されています。
■ まだ事例は少ないけれど
正直に申し上げると、2026年5月25日に施行されたばかりの制度であり、現時点で実際の利用事例はまだほとんどありません。信託会社の体制整備や、金融機関側の運用ルールの確立もこれからという段階です。
そのため、「実際に使ってみてどうだったか」をお伝えすることは、今はまだできません。
ただ、制度としての枠組みはすでに整っており、金融庁も積極的に推進しています。今後、地域金融機関を中心に活用が広がっていく可能性は十分にあると考えています。
■ 司法書士としてお伝えしたいこと
企業価値担保権の登記は商業登記の枠組みで行われるため、司法書士が取り扱う業務の範囲に含まれます。
新しい制度だからこそ、正確な理解と丁寧な対応が求められます。「うちの会社でも使えるの?」「具体的にどんな手続きが必要なの?」といったご質問がありましたら、お気軽にご相談ください。
制度の動向を引き続き注視しながら、実務上の情報が出てきましたら、またこのブログでお伝えしていきたいと思います。
※本記事は2026年5月時点の情報に基づいています。今後の政省令や実務運用の変更により、内容が変わる可能性があります。