「親が認知症になったら、実家を売却できなくなるのでは?」「親の預金が凍結されたら、介護費用はどうすれば?」——そんな不安を抱える方が増えています。

こうした問題に備える方法として注目されているのが「家族信託(民事信託)」です。

本記事では、家族信託の仕組み、成年後見制度との違い、メリット・デメリット、費用まで、わかりやすく解説します。


家族信託とは

家族信託とは、財産を持つ人(委託者)が、信頼できる家族(受託者)に財産の管理・処分を任せる契約です。

「信託」というと銀行や信託会社を思い浮かべるかもしれませんが、家族信託は家族間で行う信託であり、「民事信託」とも呼ばれます。

家族信託を活用すれば、委託者が認知症などで判断能力が低下した後も、受託者が財産を管理・処分できるため、認知症対策として非常に有効です。


家族信託の登場人物

家族信託には、主に3つの役割があります。

役割説明
委託者財産を預ける人(例:父)
受託者財産を管理・処分する人(例:長男)
受益者財産から利益を受ける人(例:父自身)

基本的な仕組み

  1. 委託者(父)が、受託者(長男)に財産を信託する
  2. 受託者(長男)は、信託契約の内容に従って財産を管理・処分する
  3. 財産から生じる利益は、受益者(父)が受け取る

委託者と受益者が同じ人(父)になるケースが多く、これを「自益信託」といいます。


家族信託の具体例

具体的な例で見てみましょう。

ケース:認知症に備えた不動産管理

【家族構成】

  • 父(80歳):自宅と賃貸アパートを所有
  • 母(78歳)
  • 長男(55歳)

【父の心配事】

  • 自分が認知症になったら、アパートの管理や修繕ができなくなる
  • 施設に入ることになったら、自宅を売却して費用に充てたい
  • でも認知症になったら売却できないのでは?

【家族信託の活用】

父(委託者)と長男(受託者)の間で信託契約を締結します。

  • 信託財産:自宅、賃貸アパート、管理用の金銭
  • 受託者:長男
  • 受益者:父(父の死亡後は母)

【効果】

  • 長男が賃貸アパートの管理・修繕を行える
  • 父が認知症になっても、長男の判断で自宅を売却できる
  • 売却代金は父の介護費用に充てられる
  • 父が亡くなった後は、母が受益者として利益を受けられる

家族信託と成年後見制度の違い

認知症対策として、家族信託のほかに「成年後見制度」があります。両者の違いを見てみましょう。

項目家族信託成年後見制度
開始時期契約締結時から判断能力が低下してから
財産管理者家族(受託者)後見人(家族または専門職)
裁判所の関与なしあり(監督を受ける)
財産の処分信託契約の範囲で自由本人のためにのみ、裁判所の許可が必要な場合も
不動産の売却可能(信託契約に定めがあれば)居住用不動産は裁判所の許可が必要
積極的な資産運用可能原則不可
相続対策可能不可
費用初期費用がかかる後見人報酬が継続的にかかる
終了時期信託契約で定めた時本人の死亡時

成年後見制度の限界

成年後見制度は、本人の財産を「守る」ことが目的です。そのため、以下のような制限があります。

  • 本人のためにならない支出は認められない
  • 相続税対策のための生前贈与は原則不可
  • 不動産の売却には裁判所の許可が必要な場合がある
  • 後見人への報酬が毎月発生する(月2〜6万円程度)

家族信託の柔軟性

家族信託は、信託契約の内容に従って財産を管理・処分できるため、成年後見制度よりも柔軟な対応が可能です。

  • 不動産の売却・建て替え・賃貸
  • 積極的な資産運用
  • 相続対策(生前贈与など)

ただし、家族信託は財産管理のための制度であり、身上監護(介護サービスの契約、施設入所の手続きなど)は含まれません。身上監護が必要な場合は、成年後見制度と併用することもあります。


家族信託でできること・できないこと

家族信託でできること

  • 認知症になった後の財産管理
  • 不動産の売却・賃貸・建て替え
  • 預貯金の管理・払い出し
  • 株式・有価証券の管理
  • 相続発生後の財産の承継先指定(遺言代用信託)
  • 二次相続以降の財産承継先指定(受益者連続信託)

家族信託ではできないこと

  • 身上監護(介護契約、施設入所手続きなど)
  • 年金の受領(年金は本人名義の口座でしか受け取れない)
  • 確定申告の代理
  • 介護保険の申請
  • 遺留分を無視した財産承継

家族信託のメリット

1. 認知症になっても財産が凍結されない

家族信託を設定しておけば、委託者が認知症になっても、受託者が財産を管理・処分できます。財産凍結のリスクを回避できます。

2. 裁判所の関与なく、柔軟に財産管理できる

成年後見制度と異なり、裁判所の監督を受けません。信託契約の範囲内で、柔軟に財産を管理・処分できます。

3. 遺言の代わりになる

信託契約で、委託者の死亡後に誰が財産を承継するかを定めておけば、遺言と同様の効果があります(遺言代用信託)。

4. 二次相続以降の承継先も指定できる

遺言では、「自分の次」の承継先しか指定できません。しかし、家族信託の「受益者連続信託」を使えば、「自分→妻→長男」のように、数世代先までの承継先を指定できます。

これは、以下のようなケースで有効です。

  • 子のいない夫婦で、配偶者の死後は自分の血族に財産を戻したい
  • 障がいのある子に財産を残し、その子の死後は別の相続人に承継させたい
  • 事業用資産を長男に承継させ、さらにその子に承継させたい

5. 共有不動産のトラブルを防げる

不動産を複数の相続人で共有すると、売却や建て替えに全員の同意が必要となり、トラブルの原因になります。

家族信託を活用すれば、不動産を受託者に信託し、受益権を複数の受益者で分けることで、管理・処分は受託者に一本化しつつ、利益は受益者で分配できます。


家族信託のデメリット・注意点

1. 初期費用がかかる

家族信託の設定には、信託契約書の作成費用、公正証書作成費用、不動産の信託登記費用などがかかります。まとまった初期費用が必要です。

2. 信頼できる受託者が必要

受託者は財産を管理する重要な役割です。信頼できる家族がいなければ、家族信託は成り立ちません。

3. 受託者の負担がある

受託者は、信託財産の管理、帳簿の作成、受益者への報告などの義務を負います。責任のある役割であることを理解してもらう必要があります。

4. 身上監護はできない

家族信託はあくまで財産管理の制度です。介護サービスの契約や施設入所の手続きなど、身上監護に関することは含まれません。必要に応じて、成年後見制度と併用します。

5. 税務上の注意が必要

家族信託を設定しても、税務上は委託者(または受益者)が財産を所有しているものとして扱われます。信託財産から生じる収益は、受益者の所得として確定申告が必要です。

6. 遺留分は侵害できない

家族信託で財産の承継先を指定しても、遺留分を侵害することはできません。遺留分権利者から遺留分侵害額請求をされる可能性があります。


家族信託の手続きの一派的な流れ

ステップ1:ご相談・ヒアリング

家族構成、財産状況、将来の希望などをお伺いし、家族信託が適しているかどうかを検討します。

ステップ2:信託スキームの設計

信託の目的、信託財産、委託者・受託者・受益者、信託期間、終了時の財産帰属先などを決定します。

ステップ3:信託契約書の作成

信託スキームに基づいて、信託契約書を作成します。

ステップ4:公正証書の作成

信託契約書を公正証書にします。公正証書にすることで、契約の有効性を高め、金融機関での信託口口座開設がスムーズになります。

ステップ5:信託登記(不動産がある場合)

信託財産に不動産が含まれる場合は、信託を原因とする所有権移転登記と信託の登記を行います。登記簿には、受託者が所有者として記載され、信託目録が作成されます。

ステップ6:信託口口座の開設

金銭を信託財産とする場合は、受託者名義の信託口口座を開設し、信託財産を移します。受託者個人の財産と分別管理するためです。

ステップ7:信託の開始

信託契約の効力が発生し、受託者による財産管理が始まります。


家族信託にかかる費用

家族信託の費用は、信託財産の額や内容によって異なります。一般的な費用の目安は以下のとおりです。

初期費用

項目費用の目安
コンサルティング・信託契約書作成30万円〜100万円程度(財産額、難易度により変動)
公正証書作成手数料3万円〜10万円程度(財産額により変動)
信託登記費用(司法書士報酬)10万円〜15万円程度
登録免許税(不動産がある場合)固定資産評価額の0.3%〜0.4%

ランニングコスト

家族信託では、受託者が家族であれば、報酬を支払わないケースが一般的です。そのため、成年後見制度のような継続的な報酬負担はありません。

ただし、信託財産から生じる収益については、受益者が確定申告を行う必要があります。


家族信託に向いているケース

  • 認知症に備えて、元気なうちに財産管理の準備をしたい
  • 不動産を所有しており、将来売却や建て替えの可能性がある
  • 賃貸アパートを所有しており、管理を任せたい
  • 障がいのある子の将来の生活を守りたい
  • 事業承継を円滑に進めたい
  • 二次相続以降の財産の行き先まで決めておきたい
  • 不動産の共有トラブルを避けたい

家族信託に向いていないケース

  • 信頼できる受託者がいない
  • 信託する財産がほとんどない
  • 身上監護(介護の手続きなど)だけが必要
  • 家族間で信託について合意が得られない
  • 委託者がすでに認知症で判断能力がない

注意:委託者が認知症で判断能力がない場合、信託契約を締結することはできません。家族信託は「元気なうちに」始める必要があります。


よくあるご質問

Q. 家族信託を始めるタイミングは?

元気なうちに、早めに始めることをお勧めします。認知症になってからでは、信託契約を締結できません。7余裕を持って検討を始め、判断能力がしっかりしているうちに手続きを完了させましょう。

Q. 受託者は誰がなれますか?

未成年者や成年被後見人でなければ、誰でも受託者になれます。実務上は、子や孫など、信頼できる家族がなるケースが多いです。法人(一般社団法人など)が受託者になることもあります。

Q. 受託者は報酬をもらえますか?

信託契約で定めれば、受託者に報酬を支払うことができます。ただし、家族間の信託では無報酬とするケースもあります。

Q. 家族信託をすると贈与税がかかりますか?

委託者と受益者が同じ人(自益信託)の場合、贈与税はかかりません。委託者以外の人が受益者になる場合(他益信託)は、贈与税の課税対象となる可能性があります。詳しくは税理士にご相談ください。

Q. 家族信託をしても遺言書は必要ですか?

家族信託は、信託財産についてのみ効力があります。信託財産以外の財産については、遺言書で指定する必要があります。家族信託と遺言書を併用するケースも多いです。

Q. 途中で信託をやめることはできますか?

信託契約で定めた方法により、信託を終了させることができます。委託者と受益者の合意により終了させることも可能です(信託法164条)。


まとめ

家族信託は、認知症対策として非常に有効な制度です。元気なうちに信託契約を締結しておけば、判断能力が低下した後も、家族が財産を管理・処分できます。

成年後見制度と比べて柔軟性が高く、不動産の売却や建て替え、二次相続以降の承継先指定など、幅広いニーズに対応できます。

ただし、家族信託は「元気なうちに」始める必要があります。認知症になってからでは手遅れです。「うちはまだ大丈夫」と思わず、早めに専門家に相談されることをお勧めします。

当事務所では、家族信託のコンサルティングから、信託契約書の作成、公正証書の作成サポート、信託登記まで、トータルでサポートしております。お気軽にご相談ください。


本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の案件についてはご相談ください。