「取締役の任期を10年にすれば、役員変更登記の手間と費用が省ける」「登記費用安く抑えれますよ!」——会社設立時、定款変更時にこのようなアドバイスを受けた方も多いのではないでしょうか。

確かに、任期を長くすれば登記費用は節約できます。しかし、任期10年には見落とされがちな重大なリスクがあります。

本記事では、取締役の任期を10年にするリスクについて、最高裁・高裁判例を含む裁判例を踏まえて検証します。


取締役の任期とは

取締役の任期は、会社法で以下のように定められています。

会社の種類原則の任期定款による伸長
公開会社2年不可
非公開会社(株式譲渡制限会社)2年最長10年まで可能

多くの中小企業は非公開会社であり、定款で任期を10年まで伸長することができます。


任期10年のメリット

任期を10年に設定するメリットは、主に以下の点です。

1. 登記費用の節約

任期が満了すると、同じ人が再任される場合でも「重任」の登記が必要です。

任期10年間の登記回数登録免許税(10年間)
2年5回5万円(1万円×5回)
10年1回1万円

※登録免許税は資本金1億円以下の場合

2. 手続きの手間が減る

株主総会の開催、議事録の作成、登記申請など、役員変更に伴う手続きの手間が減ります。


任期10年の重大なリスク

しかし、任期10年には以下の重大なリスクがあります。

リスク1:解任時の損害賠償請求

取締役を任期途中で解任した場合、正当な理由がなければ、残存任期分の報酬相当額を損害賠償として請求される可能性があります。

これが、任期10年の最大のリスクです。

会社法339条2項

前項の規定により解任された者は、その解任について正当な理由がある場合を除き、株式会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる。

つまり、「正当な理由」なく取締役を解任すると、会社は損害賠償責任を負います。


損害賠償責任の法的性質

大阪高裁昭和56年1月30日判決【リーディングケース】

この判決は、会社法339条2項(旧商法257条1項但書)の損害賠償責任について、法定責任であると判示しました。

すなわち、取締役を正当な理由なく解任したことについて、会社の故意・過失を問わず、損害賠償責任が発生します。

この判例は現在も通説・裁判例で支持されており、会社法339条2項の責任は「株主総会による役員解任の自由の保障」と「取締役の任期に対する期待の保護」との調和を図る趣旨で定められた法定責任と解されています。


「正当な理由」の立証責任

会社側が立証責任を負う

解任に「正当な理由」があることについては、会社側が主張立証責任を負います

つまり、会社が「正当な理由があった」ことを証拠に基づいて証明できなければ、損害賠償責任を負います。

実務上、会社側の供述以外に的確な裏付け証拠が存在しない事案が多く、圧倒的多数の裁判例において、解任の正当理由は認められていません


「正当な理由」の判断基準

東京地裁平成25年5月30日判決【基準を明示した重要判例】

この判決は、「正当な理由」が存在する場合を以下の3類型に整理しました。

会社法339条2項にいう「正当な理由」が存在する場合とは、当該取締役の職務の執行にあたり、

①不正の行為や定款又は法令に違反する行為があった場合 ②取締役が経営に失敗して会社に損害を与えた場合 ③当該取締役の経営能力の不足により客観的な状況から判断して将来的に会社に損害を与える可能性が高い場合

に認められるが、単に株主と取締役との間で経営方針が異なるというだけでは、認められない

この判決は、その後の裁判例でも広く引用されており、「正当な理由」の判断における重要な基準となっています。

大阪地裁平成10年1月28日判決

「正当な理由」の有無は、業務執行の障害となるべき客観的状況の有無により判断すべきであるとしました。

この「客観的状況」という基準は、多くの裁判例で採用されています。


判例から見る「正当な理由」

「正当な理由」が認められた裁判例

【最高裁】最判昭和57年1月21日【心身の故障】

事案:代表取締役が持病の悪化により療養に専念するため、保有株式を他の取締役に譲渡し、代表取締役の地位を交替。その後、新代表取締役が経営陣の一新を図るため臨時株主総会を招集し、旧代表取締役を取締役から解任した。

判旨:最高裁は、解任につき「正当ノ事由」がないとはいえないと判示しました。

ポイント:職務を執行できない健康状態は、正当な理由として認められます。ただし、一時的な病気程度では認められにくく、長期間の療養を要する場合に認められやすいとされています。


【東京高裁】東京高判昭和58年4月28日【著しい不適任】

事案:監査役が明らかな税務処理上の過誤を犯した。

判旨

監査役は善良なる管理者の注意を用いて事務を処理する義務を負い、取締役の職務の執行を会計のみならず業務全般にわたって監査する権限を行使するについても、これに必要な識見を有することが期待されるところであるから、監査役が明らかな税務処理上の過誤を犯したことは、会社に与えた損害の有無、程度にかかわらず、監査役として著しく不適任であるといわざるを得ない

ポイント:役員として期待される能力・識見が著しく欠如している場合は、実際に損害が発生していなくても、正当な理由として認められ得ます。


【東京高裁】東京高判平成30年10月4日【総合考慮による判断】(金判1547号42頁の控訴審)

事案:取締役が、隠し撮りした画像データを販売する事業を企図し、取締役会で虚偽の説明をさせ、グループ役職員の電子メール情報を不正に取得するなどした。

判旨

各事実は「単独で本件解任の正当な理由になるとまではいえないものの、これらを総合勘案すれば、取締役として著しく不適任であるとされてもやむを得ないといえ、本件解任には正当な理由がある」

ポイント:個々の事情だけでは正当な理由に至らなくても、複数の事情を総合的に考慮して判断されます。


【地裁】横浜地判平成24年7月20日【経営能力の欠如・任期10年の事例】

事案:取締役の任期が10年であった会社で、取締役がボウリング事業を1年で黒字化すると述べていたにもかかわらず売上は実質的にゼロ。経費削減の努力も見られず、会社は当該取締役を解任した。

判旨:裁判所は、当該取締役にボウリング事業を展開していくだけの能力がないと判断し、解任に正当な理由があると認めた。

ポイント任期10年であっても、経営能力の著しい欠如が客観的に認められる場合は、正当な理由が認められます。逆に言えば、任期が長くても正当な理由が立証できれば損害賠償を免れる可能性があります。


【地裁】秋田地判平成21年9月8日【独断による重要判断】

事案:取締役が、他の取締役の了解を得ることなく、独断でフランチャイズ契約を解除し、グループから離脱する旨の通知を送付した。

判旨:会社にとって極めて重要な問題について独断で判断したことは、会社において取締役として職務の執行を委ねることができないと判断することもやむを得ない客観的・合理的な事情があるとして、正当な理由を認めた。


【地裁】東京地判平成26年12月18日【会社批判・秘密漏洩】

事案:プロ野球球団を経営する会社の取締役が記者会見を行い、球団・親会社等を批判し、秘密事項を公表した。

判旨:取締役の行動は、会社の是正というよりも報復措置と評価でき、むしろ業務執行を阻害するものであり、現実に会社の信用は損なわれ、取引及び収益の減少も相当程度生じているとして、解任の正当事由を認めた。


「正当な理由」が認められなかった裁判例

【地裁】東京地判昭和57年12月23日【代表者との不和】

事案:取締役が感情の起伏が激しく協調性に欠けており、代表者との折り合いが悪くなったため解任された。

判旨:性格や行状に会社で勤務を継続できないほどの特段の問題点があるとは認められず、代表者との折り合いが悪くなったことが解任の最大の原因であるとして、正当な理由を否定。損害賠償を認容した。

ポイント:個人的な感情や人間関係のトラブルは、正当な理由として認められません。


【地裁】東京地判平成29年1月26日【株主との信頼関係喪失】

事案:大株主との信頼関係が破壊されたことを理由に取締役を解任した。

判旨

正当な理由の有無は、業務執行の障害となるべき客観的状況の有無により判断すべきであり、特段の事情のない限り、株主との信頼関係の喪失が正当な理由に該当するとは解されない

ポイント:株主(オーナー)との信頼関係が失われただけでは、正当な理由になりません。


【地裁】東京地判平成27年6月29日【任期短縮による退任】

事案:取締役の任期を変更する定款変更がなされ、任期途中に退任した取締役が再任されなかった。

判旨:このような退任も実質的には解任と異ならないとして、会社法339条2項を類推適用し、再任されなかったことにより生じた損害(残存任期分の報酬相当額約2,400万円)の賠償を命じた。

ポイント:解任を避けるために任期短縮という方法を取っても、実質的に解任と同視される場合は損害賠償責任を負います。


損害賠償額の算定

原則:残存任期分の報酬相当額

解任された取締役が請求できる損害賠償額は、原則として残存任期分の報酬相当額です。

大阪高判昭和56年1月30日は、損害の範囲について「取締役を解任されなければ残存任期期間中任期満了時に得べかりし利益(所得)の喪失による損害を指す」と判示しています。

計算例

条件金額
月額報酬50万円
任期10年
就任から解任まで3年
残存任期7年(84か月)
損害賠償額4,200万円

任期が10年の場合、残存任期も長くなるため、損害賠償額が膨大になるリスクがあります。

任期2年の場合との比較

任期最大残存任期損害賠償リスク(月額50万円の場合)
2年約2年最大約1,200万円
10年約10年最大約6,000万円

任期が短ければ、万が一解任する場合でも損害賠償額を抑えられます。

長期の残存任期でも賠償が認められた実例

実際に、8年以上の長期にわたる残存任期どおりの賠償額を認定した裁判例があります(東京地裁商事部及び東京高等裁判所で確定)。

任期が長いほど、解任時の賠償リスクは現実的な問題となります。


損害賠償額に含まれるもの・含まれないもの

含まれるもの

  • 残存任期分の役員報酬
  • 賞与(認める裁判例あり)
  • 退職慰労金(認める裁判例と認めない裁判例あり)

原則として含まれないもの

  • 慰謝料
  • 弁護士費用

ただし、解任について会社の不法行為責任が成立する場合は、慰謝料や弁護士費用が認められる余地があります。

再就職しても損益相殺されない

解任された取締役がその後再就職しても、再就職後の収入は損害賠償額から控除されません

これは、最高裁平成5年3月24日大法廷判決(民集47巻4号3039頁)の考え方を援用したもので、再就職後の収入は解任により喪失した報酬と同質性を有するとは認められないためです。


実務上の事例

経験から

守秘義務の関係で詳細は記載できませんが、解任された取締役の方から会社が損害賠償請求を受けた事例が一定数あります。

これらの案件では、取締役の任期が無条件で(役員の方々が意味を理解せずに専門家の言われるがままで)長期に設定されていたため、残存任期分の報酬相当額として相当な金額が請求されました。

閉鎖会社(日本の約99.7%の会社)において実務上よくある解任理由として挙げられる理由は、判例のとおり、解任時に「正当な理由」の立証が困難であることから、会社側は難しい対応を迫られたものもありました。

このような事態を避けるためにも、任期設定は慎重に検討すべきです。(報酬規定も要検討)

よくあるトラブルパターン

  1. 共同創業者の仲間割れ
  • 創業時は仲が良くても、経営方針の違いで対立
  • 一方を解任しようとするが、任期が長いため賠償リスクが発生
  • 経営方針の相違だけでは「正当な理由」は認められない
  1. 親族間のトラブル
  • 同族会社で親族を取締役にしていた
  • 相続や離婚を機に関係が悪化し、解任が必要に
  • 人間関係のトラブルでは「正当な理由」は認められにくい
  1. 名義だけの取締役
  • 実質的に経営に関与していない取締役
  • いざ辞めてもらおうとすると、報酬を払っている以上、賠償リスクあり
  • ただし、名目的取締役の場合は正当な理由が認められやすい(東京地判平成26年4月24日)

任期10年にすべきでないケース

以下のようなケースでは、任期を10年にすることは避けるべきです。

1. 複数の株主がいる会社

株主構成が変わったり、株主間で対立が生じたりする可能性がある場合、取締役の解任が必要になることがあります。

2. 複数の取締役がいる会社

取締役間の対立や、一部の取締役の不祥事などで、解任が必要になる可能性があります。

3. 同族会社で親族を役員にしている場合

相続、離婚、家族間の不和などで、関係が変わる可能性があります。

4. 従業員を取締役にしている場合

従業員が退職する際、取締役も辞任してもらう必要がありますが、トラブルになることがあります。


任期10年が適しているケース

逆に、以下のようなケースでは、任期10年も選択肢になり得ます。

  • 株主=取締役が1人の完全な一人会社
  • 株主と取締役が完全に一致しており、将来も変わる見込みがない
  • 解任のリスクがそもそも存在しない

ただし、将来の状況変化(事業承継、共同経営者の参加など)も考慮する必要があります。


任期設定の推奨

一般的な推奨

ケース推奨任期
一人会社(株主=取締役)10年でも可(ただし将来を考慮)
複数株主・複数取締役2年〜4年
同族会社2年〜4年
従業員取締役がいる2年

任期の見直し

すでに任期を10年に設定している場合でも、定款変更によって任期を短縮することは可能です。

ただし、東京地判平成27年6月29日が示すように、任期短縮によって退任させ再任しない場合、実質的に解任と同視され、損害賠償責任を負う可能性があります。任期短縮を行う際は、専門家にご相談ください。


【参考】特例有限会社の場合

任期の定めがない取締役の特殊性

特例有限会社(旧有限会社)では、取締役に法定の任期がありません。定款で任期を定めなければ、辞任・解任等がない限り、取締役であり続けます。

この場合、解任されても損害賠償請求ができるのでしょうか?

東京地判平成28年6月29日【特例有限会社・任期なし】

事案:特例有限会社において、任期の定めのない取締役が解任された。

判旨

旧有限会社法32条が準用する旧商法257条1項但書は「任期ノ定アル場合ニ於テ」のみ、解任された取締役は損害賠償を請求し得るとしていた。会社法339条2項にはこの文言はないが、会社法の下では取締役の任期は法律又は定款によって定められており、任期の定めが全くない場合は想定できないことから同文言は不要とされたものと考えられる。

特例有限会社における任期の定めのない取締役が解任されたとしても、当該取締役は、解任の正当な理由の有無にかかわらず、少なくとも会社法339条2項に基づく損害賠償請求をすることはできない。

秋田地判平成21年9月8日【同旨】

同様に、特例有限会社の任期の定めのない取締役について、会社法339条2項の適用を否定しています。

特例有限会社の実務上の留意点

任期の有無339条2項の適用損害賠償請求
任期の定めあり適用あり可能
任期の定めなし適用なし339条2項では不可

注意:任期の定めがない場合でも、民法651条2項(委任の解除による損害賠償)に基づく請求の余地は残されています。ただし、339条2項とは要件・効果が異なります。

株式会社への示唆

この判例は、**「任期があるからこそ損害賠償請求ができる」**という会社法339条2項の本質を示しています。

株式会社では任期が法定されているため、この問題は生じませんが、任期を長く設定すればするほど、解任時の損害賠償リスクが大きくなることを改めて認識すべきです。


監査役の任期にも注意

監査役の任期は原則4年であり、非公開会社では定款で最長10年まで伸長できます。

監査役についても、任期途中の解任は同様のリスクがあります。さらに、監査役の解任は株主総会の特別決議が必要であり、取締役よりも解任のハードルが高くなっています。

東京高判昭和58年4月28日は、監査役の解任についても「正当な理由」の判断基準を示しており、著しく不適任である場合に正当な理由が認められるとしています。(税務処理上の過誤の案件)

監査役の任期設定も慎重に検討しましょう。


主要判例一覧

判例出典論点結論
最判昭和57年1月21日集民135号77頁心身の故障正当な理由あり
大阪高判昭和56年1月30日判時1013号121頁法定責任・損害の範囲残存任期の報酬相当額
東京高判昭和58年4月28日判時1081号130頁著しい不適任(監査役)正当な理由あり
東京高判平成30年10月4日金判1547号42頁の控訴審総合考慮正当な理由あり
東京地判平成25年5月30日裁判所HP正当な理由の3類型基準を明示
東京地判平成27年6月29日判時2274号113頁任期短縮・類推適用約2,400万円認容
東京地判平成28年6月29日判時2325号124頁特例有限会社・任期なし339条2項適用なし
秋田地判平成21年9月8日金判1356号59頁特例有限会社・任期なし339条2項適用なし
東京地判昭和57年12月23日金判683号43頁代表者との不和正当な理由なし
横浜地判平成24年7月20日判時2165号141頁経営能力欠如(任期10年)正当な理由あり
大阪地判平成10年1月28日労判732号27頁客観的状況の基準基準を明示

まとめ

取締役の任期を10年に設定すれば、登記費用は節約できます。しかし、解任時の損害賠償リスクという重大なデメリットがあります。

  • 「正当な理由」なく解任すると、残存任期分の報酬相当額を賠償する可能性
  • 任期10年なら、最大で10年分の報酬が損害賠償の対象に
  • 「正当な理由」の立証責任は会社側にある
  • 経営方針の対立、人間関係のトラブルでは正当な理由は認められない
  • 8年以上の長期残存任期でも賠償が認められた実例がある

登記費用の節約よりも、将来のリスク回避を優先すべきです。

会社設立時や定款見直しの際は、任期設定について慎重にご検討ください。当事務所では、会社の状況に応じた最適な任期設定をアドバイスいたします。


最後に

司法書士として役員変更登記に携わる方は多くいらっしゃると思いますが、役員変更登記の価値を再定義できる要素にもなると考えています。

また、司法書士が役員変更登記に関与する意味や、司法書士の価値や存在意義を高めるきっかけになる手続きにもなると信じています。


本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の案件についてはご相談ください。判例の引用は要旨であり、詳細は原典をご確認ください。